2012年4月28日土曜日

またもや村の集会に呼ばれまして。


えー先日の月曜日に、とあるお祭りがありました。

セントジョルジと言う聖人を祝うお祭りだそーですが、私、幸運にも招かれまして、その集会に行って参りました。
さてさてそこでどんな一日が繰り広げられたのか・・・?
では、その様子をお伝えしますね。

こんな感じで、近隣の村中の人が集まって来てる訳です。
信仰深いんですね、皆さん、ハイ。


さて礼拝が終わったらご飯ですよぉー。今日のメニューは子羊の丸焼き、ポテト、ブレッドです。私ももちろん頂きました。羊、うまいス。


んでいつものパーティが始まりました。若い者はソフトドリンク、大人はワインを傾け、大いに食べて遊びます。ただ今の時間はまだ午前11時程。
テンションのボルテージはどんどん上がって行き・・・

で、踊る。

ビバ!(乾杯の意)この辺でテンションは最高潮に達しました。
もう超ご機嫌です、皆さん。

ふー、よく飲んでよく食べました、私も酔っぱらいまして、ご機嫌ですよ。
さーて皆さん立ち上がり始めそろそろお開きかなーと思いきや、おもむろに

「チハヤ、○○取りに行くぞ!」

と。○○が聞き取れなかったのですが、まぁ取りあえず着いて行く事に。
どんどん山に入る。

何を取りに行くのって? も一度聞いてみる。

「アレだ耳の長い奴!」

ウサギ?

「馬だよ、馬!」

えー!?どこにいんのそんなん、ていうか、そんな細いヒモ(下の写真)で行けんの?
そんなのは愚問だ!とばかり皆山を下って行く・・・

一番後ろに居るのがボス・マノーリ。超遊び好きな男前です。

確かに馬は居ました。だだっぴろい山の斜面を走ってます。
あれ、捕まえれんのぉ?

とりあえず僕は走らされました。早く馬を追いつめろ!と。
酔っぱらいが真昼間から馬を追って走ります。しんどーっ!!

無理無理、あんなん無理ーって言って馬を追いかけハァハァ行って斜面を上がると。


ちゃっかり捕まってました、馬。
あれーっ、僕、ただ走らされたような気が・・・まぁいいか。

で、この馬、捕まえてどうするのかと言うと。


さっそく乗る。
馬は毎度これをやらされるのが嫌で逃げていた様子です。

この馬、僕も乗りました。多分、初の乗馬だったんですが、馬の背中ってめっちゃ気持ちいいんですね、ほんと。
馬が歩くと筋肉の隆起と振動がなんとも言えない感じで内股に伝わってきます。

暫く皆、馬乗りで大盛り上がりした後、馬はまた元の山に返されました。
馬、ありがとう。また今度。


と言う感じで、この日はとても楽しく過ぎて行きました。

何か集まりがあるとき、皆が僕を誘ってくれるのは、このプローラ村に20数年前に家を買い、この村の人々と家族同然で付き合って来たガイアの代表のちーさんが、僕の事を
「こいつはワシの息子やからよろしく頼む!」
と皆に言って頂いたお陰です。

そういう長い付き合いがあって、僕は皆に仲良くしてもらえ、僕たちの活動も皆から支援されている訳です。

そーいう付き合いをこれからも続けていくのが、このクレタ島での僕の使命であるわけです。そしてこの地から(も)よい未来を創っていく。まずは環境学校です。

そして皆さんもチャンスがあればここクレタに来てみて下さい。このクレタのフィーリングと私たちの活動、色々感じて欲しいものが沢山あります。

MY HOME LAND IS MY EARTH.

では、SEE YOU SOON...









2012年4月23日月曜日

プローラ村に戻ってきました。

もどって来ました ・・・
もどって来ました、我が愛するプローラ村ぁ!
4月の19日の事でございます、2日間。2日間、飛行機やら船やらバスを乗り継いでここまで辿りつきました。
遠かったなぁ。

そして。

これが着いた当初のガイアの建物の様子でございますよ。




植物がドーン・・・

もいっちょドーンです。

この度、建物は無事でした。侵入者、侵略者など痕跡なしです。
ただ、鳥だけが棲みついておりましたので丁重にお引き取り願いました。
しかし・・・
相変わらずのジャングルっぷりに懐かしさを覚えました。
(去年の方が数倍やばかったですが。)
で、今は掃除してすっきりしましたよ。まる2日間、掃除したり車を取りにいったりの日々でした。ふーぅ。

今回ここに帰って来てよかったなぁーと、しみじみ思った事は村人達の
「よぉ帰って来た!」
オーラです。
私、まだあまり言葉がおぼつかないのですが、それだけはよく解りました。
おじーさんから子供まで、道端で歓迎してくれて、ほーんとありがたいです。感謝です。


さて。
これからまたこのプローラ村での生活が始まる訳ですが、今回はお一人様です。
言葉、まだ解りません。英語、通じません。空は果てしなく青いです。

ま・・・、やってみましょう!
(ご先祖様、お助け下さい。)

おまけ。















空き時間、アテネでちょっとウロウロした時の写真です。

see you soon...

2011年8月6日土曜日

プローラに想いを馳せて。

クレタ島を後にして、もう2週間が経ちました。
クレタ人はいつも別れ際がクールで、大声でさよならなどとは言わず、黙って、もしくは呟くように別れの言葉を言って、そっとその場を去ります。
私達もその作法に習い、大げさな別れなど言わず「そっと」出国しました。またすぐに帰ってくると言う意味も含めて。

日本に帰ってきてすぐの週明けには大使館に必要書類の問い合わせを行い、現在は書類集めを行っている所です。
これから始めるプローラ村でのフリースクール、これを遅らす訳にはゆきません。
冬場には私だけでも戻り、夏のオープンに向けて準備を進めるつもりです。


これが教室になる大部屋。


そしてもう宿泊施設としても使用可能になりましたのでギリシアに戻り次第、宿泊客の受け入れも始めます。
詳しい情報はまた後ほどに・・・!

今回は仲の雰囲気を少しだけ見せましょう。

2階の大部屋。


ここで寝ると悪夢を見る事はないです。

2011年7月14日木曜日

最近のガイアグリースの動き。



ガイアグリースのドアの取っ手を作ってくれている、向かいに住む好々爺、ステディ。木に対して深い理解があり、カッツーナ(杖)を作る職人でもあります。


さて。現在報告する事が2つあります。

まずはガイアグリースの活動第一弾として村の子供達を集めて学校を開くこととなりました。
これから大人になっていく子供達に、環境への深い理解を持ってもらうため、小さな内に環境について学ぶ事は大事だという代表神田英の考えに村の人は多いに賛成してくれ、現在様々な人が力をかしてくれています。杖職人、ステディもその一人。クレタのインターネットニュースの記者も先日、取材に来ました。
クレタは夏場雨が降らない事とアフリカからシロッコと呼ばれる大陸風が吹く事から太陽光、風力などの自然エネルギー発電が豊富に見られます。自然と共存して行く為にも環境に対する理解は必要です。ここクレタから新たな環境活動家が生まれる事を願って。



応援してくれている教授のマノーリと農夫ヤニー。



もう一つの報告はビザの関係で、私達は一度ギリシアを離れなければいけません。
現在学校設立の大事な時期なので次回は長期滞在ビザを取ってこちらに戻って、活動に専念出来るよう必要な書類を集めている所です。
何故帰らなければいけないのかと泣いて別れを惜しむ人もいる程、こちらで神田英の活動は広く支持を得ています。学校の開校はすこし先になりますが、今回様々な協力者が増えた事は何にも代え難い私達の財産です。
帰国まであと少し、クレタの皆さんとは少しだけ、お別れです。

なおこの日記では継続してクレタ島に戻るまでの経過を書き綴ります。

2011年6月23日木曜日

ガイアグリース、工事の報告。

ガイアグリース、工事は着々進行中でーす。
多分、すっごいの出来ます。

現在、クレタ島にも昔ながらの石の家は少なくなってきて、これは結構昔ながらのやり方なんで凄い手間がかかってます。
京都の町家と同じ状況です。

近日、オープンです!

ここが管理人部屋。



セメントを運ぶアーリ。



ソバ(左官)職人デミトリー。

ここ、プローラは静かな村。
人々の付き合いがこの村の見所です。

そして、近隣村々のカフェーニオン(村の社交場)は鼻血が出る程面白く、味があります。
じーさんばっかりのカフェーニオン、若者が集まるカフェーニオンなど、様々。

クレタ島の遊び方はひと味違いますよ。

2011年6月13日月曜日

近状報告。

最近時間のある時は近くの村に出かけいろんな人と話し、活動仲間を増やしていってます。
仲間を増やす事、それはとても難しくそしてとても大事。





でもとても楽しく、やりがいが一番あることでもあります。


こちらヨーロッパでも気候がだいぶ狂って来ております。
今年はとくに酷いそうです。
例えるなら、沖縄より北海道の方が暑い日が続いている、そんな感じです。


気候変動の速度が速くなっている、僕もがんばらないとなー、と考え事をしていた僕の前に現れた天使。


守護天使:ヒゲ美女。

ヒゲのセンス良過ぎ。

2011年6月2日木曜日

親戚の集まりに呼ばれまして。

その時の写真です。
みなさん本当に良く話しよく食べます。


親子でグルグル子羊の丸焼き。
いい匂いだー。


老いも若きもみんなこゆい顔。親戚なんがよー分かります。



この子は多分将来有望間違いなしだと思ったので、よく遊んで僕の顔覚えてもらいました。

満腹!