2012年5月17日木曜日

クリティコ・リズム

こちらに来てはや一ヶ月が経ちます。

生活もだいぶルーティンが出来始め、村の人との交流も広くなりました。

特に若い人と過ごす時間が増えました。
皆畑仕事で力を使っているのでムッキムキです。


さて一ヶ月経つに伴い、往復で買った帰りの飛行機は僕を乗せず、空席のまま旅立ちました。




飛行機のEチケット。

それは16日現地時間11時頃、旅立ちました。








もったいないですが、仕方ないですね。

さて。
最近はだいぶと暑くなって来てまして、朝も明るくなるのが早いですよ。





朝。木の窓の隙間から日が差し込む。

朝30分程2階のテラスで
日光浴をするのが好きです。






クレタ島の夏はとても暑く、45℃程になるときもあるそうで、皆の日常生活もそれにそったスタイルとなっています。

最初、それを知ったときは驚きましたが、クレタ島(多分ギリシャ)の役所は朝7時に空き、昼の2時で終わります。大体の公共の施設の時間は7〜14時が普通で、その後ご飯を食べて昼寝をするのが大体の流れみたいですね。




じーちゃんっ!!










この無理をしない自然のリズムに会わせた生活と言うのはとても理にかなっていると思います。

確かに夏は暑すぎて仕事にならないんですが、
暑い中クーラーつけて汗かきながら仕事やっても進まないんだし、その分早く始めて早く終わればいいんじゃない?
と言ったかどうかは分かりませんが、この柔軟な自然への対応こそ、気持ちよく生きる秘訣の一つではないのでしょうか。

僕はこの生活スタイル、とても羨ましく思います。

確かに一日は24時間しか無く、それをスライスハムの様に区切って使うことは大事かもしれませんが、それは本当に自分達が望んだ事なのかと、思う事がよくありました。
(多分、違うでしょう。)

社会を自分達の過ごしやすい様に構築していく事に関しては、ギリシャの人達はとても長けている様に思います。
それは経済の流れの中で必死に働いている人からすればサボっていると見えるかもしれませんが、視点を変えれば、無理の無い生活をするのが上手と言う事でしょう。



これには賛否両論があるでしょうが、あなたはどう思いますか?





「うーん君たちには
聞くまでもなさそうね。」









ではSEE YOU SOON...



2012年5月10日木曜日

僕の日常の行く先に。

いつもこのブログに楽しそうな事ばかり書いていますので、
「奴、学校を作るという事をすっかり忘れてバカンスを楽しんでいるんじゃないのか?」
なんて思われてるかも知れませんが、そんな事はありませんよ、ええ。(汗)
ちゃんと色々、進める事は進めております。

昼は言語の勉強、残りの建物の工事、夜は村人とのコミュニケーションの為カフェーニオンで杯を交わす・・・って、説明するとどーしても楽しんでいるよーにしか聞こえませんが、これも大事な事なんです、本当ですよ。
こーした地道なコミュニケーションが村人との信頼を築く大事な活動なんです。















ああ、どうみても楽しい写真にしか見えない・・・。

とまぁ、僕は大体上記の様な日々を過ごしているのですが、他にも滞在の為の書類の申請など、警察に行ったり役所にいったりしてる訳です。
これがけっこう、いや、すごく大変な作業でありまして。

国が変わるとやり方も法律も変わり、様々な困難が立ちふさがります。
まさに今もそうで、日本のギリシャ大使館(すごくお世話になりました。)に言われた事と、ギリシャの国内での滞在許可の申請の方法がまったく違うので、なんとか一年の滞在許可がとれないか試行錯誤している所です。(なんでそーなる、と言いたい。)

その為に一山超えて大きな街の役所を何とか探し出して申請にいったり、町役場ににギリシャ語、英語の辞書を抱えて現状の説明に行ったり、村の協力者の所に相談に行ったり、としている訳です。
















「悩みの大テーブル」困難があるといつもここで突っ伏して考え事をする。


でも、ただ困難な事だけではありません。
つい一昨日、こんな事がありました。

役所関係を回りきり、どうしても滞在許可が取れなくて悩んでいたある日、僕は村の中を散歩していました。
ちょうど教会を超え、見晴らしの良い丘にさしかかった頃、村人のヨルゴと会いました。彼は自分の家を工事中で、ホコリまみれで作業をしている最中でした。
僕はヨルゴと挨拶を交わし、軽く話をしている時、ふと今の困難な状況を伝えました。
すると、ヨルゴは「よし解った」といい、僕にこう伝えました。

「明日一緒に街にあるエフォーリア(役所)に行こう。そして私がギリシャ語の話せないお前の代わりに説明してやる。だから明日09:30にここに来い。それで少しコーヒーをのんで出発からしよう。解ったかい?」

例えば日本に、日本語もほとんど知らない外国人がふらっと棲みついて、困難に直面した時、こんな風に手を差し伸べてもらった人はどれぐらいいるのだろう?
次の日の自分の仕事をほっといて、ほとんど素性も知れぬ人を助ける人がどれだけいるだろうか?

そして僕は次の日一緒にエフォーリアに行き、手続きを手伝ってもらいました。
長い時間、僕の事を伝えてくれ、書類の書き方を丁寧に説明してくれました。
そして次の日、僕は滞在にどうしても必要だったTAXナンバーを取得することが出来たのです。

これは僕一人ではどうする事も出来なかった事です。僕はTAXナンバーがとれた事よりも、ヨルゴが手伝ってくれた事がとても嬉しかった。
この様に付き合ってくれるヨルゴが、彼の持つ価値観がとても素晴らしいと感じました。


私たちの活動は地球温暖化防止を訴える事と言っていますが、本当に行いたい事はこういう素敵な人間関係を広げて行く事、社会の価値観を変えていく事です。

地球温暖化は嘘だ、本当だと言う議論をする前にその因果関係が少なくとも存在する限り、そしてそれによって苦しんでいる人がいる限り、石油消費量を押さえよう、だって苦しんでいる人がいるんだろ?そんなかっこいい台詞を言える人を増やしていきたい、それが私たちの活動です。

どうでしょう、私がサボっていない事をこれで少しは証明出来たでしょうか?(笑)
と、まぁこのような感じで僕は様々な人に支えられ、なんとか村の中でやっていってます。
困難が減る事はありませんが、この様な熱い関係が築けるなら困難も悪いもんじゃないな、と思う今日このごろです。
さて、今日も暑いのでコーラ飲みにいこ。あっ、間違えた、語学勉強に行こう!
















では
SEE YOU SOON...













2012年5月6日日曜日

クレタの自然エネルギー見聞

今日はめっちゃ天気がよかったので(毎日カンカン照りですが、)私の一張羅を洗わせて頂きました。
もちろん手洗いです。

朝洗うと昼には乾いてます。
主婦には嬉しい気候なのではないでしょうか。(でも日焼けはバンバンします。)

洗い物が終わり今日は昼からドライブがてらクレタの自然エネルギー発電を追っかけてみようと思います。
一年の内8ヶ月続く乾季、アフリカ大陸から吹きつける熱風、シロッコ。
そんなこの土地特有の自然エネルギーを使って、発電を行っております。もちろんまだまだまかなっているエネルギーは、消費エネルギーの一部なのでしょうが、それでも自然エネルギーに力を注いでいる点は素晴らしいです。

クレタの山の頂上にある風力発電。いつも全力で回ってる。これ一基でどれほどの発電能力があるのでしょうか?


ソーラー発電。AA(アスキーアート)の顔みたいで笑えるんですが、こんなのがクレタ中にあります。これはなかなかの優れものでヒマワリみたいに太陽をずーっと追っかけてます。しかしこの穴は何故空いているのか・・・?語学力が追いついた時、聞いてみようと思います。
















そして我が家にもあるイリヤコ。これは太陽熱でお湯を沸かし、それをシャワーなどに使います。夏場で、節約したら4人分のシャワーは出るんじゃないでしょうか。
冬は・・・また体感してみます。

その他にも暖炉の横に設置し、湧かしたお湯をチューブを通して他の部屋を暖める器具(名前はまだ知りません。)があったりと、何かと日常生活の中に自然エネルギーを利用した物があります。
皆さん環境意識があるのかと言えば決してそうでは無く、クレタ(多分ヨーロッパ)はエネルギーがめっちゃ高いんです。電気代も水道代も、日本に比べたら1,5倍はするんじゃないでしょうか。ガソリンも1L200円します。
それがこの様な自然エネルギーを利用する生活スタイルに移行させたのではないかと思います。
メキシコでもアイドリングストップする理由は、ガソリン代が高いからだ、と聞きました。
やはり人は切羽詰まったら節約するもんなのですね。そりゃそうです。
と言う感じでぐるりと回った後、山の方に行きました。
















雄大!
これぞまさに自然エネルギーのなせる賜物!
自然エネルギーの有効利用、可能性はまだまだありそうです。

SEE YOU SOON...

2012年4月28日土曜日

またもや村の集会に呼ばれまして。


えー先日の月曜日に、とあるお祭りがありました。

セントジョルジと言う聖人を祝うお祭りだそーですが、私、幸運にも招かれまして、その集会に行って参りました。
さてさてそこでどんな一日が繰り広げられたのか・・・?
では、その様子をお伝えしますね。

こんな感じで、近隣の村中の人が集まって来てる訳です。
信仰深いんですね、皆さん、ハイ。


さて礼拝が終わったらご飯ですよぉー。今日のメニューは子羊の丸焼き、ポテト、ブレッドです。私ももちろん頂きました。羊、うまいス。


んでいつものパーティが始まりました。若い者はソフトドリンク、大人はワインを傾け、大いに食べて遊びます。ただ今の時間はまだ午前11時程。
テンションのボルテージはどんどん上がって行き・・・

で、踊る。

ビバ!(乾杯の意)この辺でテンションは最高潮に達しました。
もう超ご機嫌です、皆さん。

ふー、よく飲んでよく食べました、私も酔っぱらいまして、ご機嫌ですよ。
さーて皆さん立ち上がり始めそろそろお開きかなーと思いきや、おもむろに

「チハヤ、○○取りに行くぞ!」

と。○○が聞き取れなかったのですが、まぁ取りあえず着いて行く事に。
どんどん山に入る。

何を取りに行くのって? も一度聞いてみる。

「アレだ耳の長い奴!」

ウサギ?

「馬だよ、馬!」

えー!?どこにいんのそんなん、ていうか、そんな細いヒモ(下の写真)で行けんの?
そんなのは愚問だ!とばかり皆山を下って行く・・・

一番後ろに居るのがボス・マノーリ。超遊び好きな男前です。

確かに馬は居ました。だだっぴろい山の斜面を走ってます。
あれ、捕まえれんのぉ?

とりあえず僕は走らされました。早く馬を追いつめろ!と。
酔っぱらいが真昼間から馬を追って走ります。しんどーっ!!

無理無理、あんなん無理ーって言って馬を追いかけハァハァ行って斜面を上がると。


ちゃっかり捕まってました、馬。
あれーっ、僕、ただ走らされたような気が・・・まぁいいか。

で、この馬、捕まえてどうするのかと言うと。


さっそく乗る。
馬は毎度これをやらされるのが嫌で逃げていた様子です。

この馬、僕も乗りました。多分、初の乗馬だったんですが、馬の背中ってめっちゃ気持ちいいんですね、ほんと。
馬が歩くと筋肉の隆起と振動がなんとも言えない感じで内股に伝わってきます。

暫く皆、馬乗りで大盛り上がりした後、馬はまた元の山に返されました。
馬、ありがとう。また今度。


と言う感じで、この日はとても楽しく過ぎて行きました。

何か集まりがあるとき、皆が僕を誘ってくれるのは、このプローラ村に20数年前に家を買い、この村の人々と家族同然で付き合って来たガイアの代表のちーさんが、僕の事を
「こいつはワシの息子やからよろしく頼む!」
と皆に言って頂いたお陰です。

そういう長い付き合いがあって、僕は皆に仲良くしてもらえ、僕たちの活動も皆から支援されている訳です。

そーいう付き合いをこれからも続けていくのが、このクレタ島での僕の使命であるわけです。そしてこの地から(も)よい未来を創っていく。まずは環境学校です。

そして皆さんもチャンスがあればここクレタに来てみて下さい。このクレタのフィーリングと私たちの活動、色々感じて欲しいものが沢山あります。

MY HOME LAND IS MY EARTH.

では、SEE YOU SOON...









2012年4月23日月曜日

プローラ村に戻ってきました。

もどって来ました ・・・
もどって来ました、我が愛するプローラ村ぁ!
4月の19日の事でございます、2日間。2日間、飛行機やら船やらバスを乗り継いでここまで辿りつきました。
遠かったなぁ。

そして。

これが着いた当初のガイアの建物の様子でございますよ。




植物がドーン・・・

もいっちょドーンです。

この度、建物は無事でした。侵入者、侵略者など痕跡なしです。
ただ、鳥だけが棲みついておりましたので丁重にお引き取り願いました。
しかし・・・
相変わらずのジャングルっぷりに懐かしさを覚えました。
(去年の方が数倍やばかったですが。)
で、今は掃除してすっきりしましたよ。まる2日間、掃除したり車を取りにいったりの日々でした。ふーぅ。

今回ここに帰って来てよかったなぁーと、しみじみ思った事は村人達の
「よぉ帰って来た!」
オーラです。
私、まだあまり言葉がおぼつかないのですが、それだけはよく解りました。
おじーさんから子供まで、道端で歓迎してくれて、ほーんとありがたいです。感謝です。


さて。
これからまたこのプローラ村での生活が始まる訳ですが、今回はお一人様です。
言葉、まだ解りません。英語、通じません。空は果てしなく青いです。

ま・・・、やってみましょう!
(ご先祖様、お助け下さい。)

おまけ。















空き時間、アテネでちょっとウロウロした時の写真です。

see you soon...

2011年8月6日土曜日

プローラに想いを馳せて。

クレタ島を後にして、もう2週間が経ちました。
クレタ人はいつも別れ際がクールで、大声でさよならなどとは言わず、黙って、もしくは呟くように別れの言葉を言って、そっとその場を去ります。
私達もその作法に習い、大げさな別れなど言わず「そっと」出国しました。またすぐに帰ってくると言う意味も含めて。

日本に帰ってきてすぐの週明けには大使館に必要書類の問い合わせを行い、現在は書類集めを行っている所です。
これから始めるプローラ村でのフリースクール、これを遅らす訳にはゆきません。
冬場には私だけでも戻り、夏のオープンに向けて準備を進めるつもりです。


これが教室になる大部屋。


そしてもう宿泊施設としても使用可能になりましたのでギリシアに戻り次第、宿泊客の受け入れも始めます。
詳しい情報はまた後ほどに・・・!

今回は仲の雰囲気を少しだけ見せましょう。

2階の大部屋。


ここで寝ると悪夢を見る事はないです。

2011年7月14日木曜日

最近のガイアグリースの動き。



ガイアグリースのドアの取っ手を作ってくれている、向かいに住む好々爺、ステディ。木に対して深い理解があり、カッツーナ(杖)を作る職人でもあります。


さて。現在報告する事が2つあります。

まずはガイアグリースの活動第一弾として村の子供達を集めて学校を開くこととなりました。
これから大人になっていく子供達に、環境への深い理解を持ってもらうため、小さな内に環境について学ぶ事は大事だという代表神田英の考えに村の人は多いに賛成してくれ、現在様々な人が力をかしてくれています。杖職人、ステディもその一人。クレタのインターネットニュースの記者も先日、取材に来ました。
クレタは夏場雨が降らない事とアフリカからシロッコと呼ばれる大陸風が吹く事から太陽光、風力などの自然エネルギー発電が豊富に見られます。自然と共存して行く為にも環境に対する理解は必要です。ここクレタから新たな環境活動家が生まれる事を願って。



応援してくれている教授のマノーリと農夫ヤニー。



もう一つの報告はビザの関係で、私達は一度ギリシアを離れなければいけません。
現在学校設立の大事な時期なので次回は長期滞在ビザを取ってこちらに戻って、活動に専念出来るよう必要な書類を集めている所です。
何故帰らなければいけないのかと泣いて別れを惜しむ人もいる程、こちらで神田英の活動は広く支持を得ています。学校の開校はすこし先になりますが、今回様々な協力者が増えた事は何にも代え難い私達の財産です。
帰国まであと少し、クレタの皆さんとは少しだけ、お別れです。

なおこの日記では継続してクレタ島に戻るまでの経過を書き綴ります。